元気になあれ

このページは、二人の子供たちと病気を味わってきた様子と
母さんが少しずつ知恵がついてきている様子を残しておこうというものです。


<平成9年4月〜突発性発疹・・・なつき>
なっくん1歳9ヶ月・しの5ヶ月


この月から、保育所へ入所したんだけど、
初めての熱でかわいそうだったんだろうな。
でも今となっては母さんの記憶にはないな。育児日記のノートに
書いてあると思う。



<平成9年5月・10年4・5・6月〜            
         ロタウイルス??嘔吐下痢症・・・なつき>

なっくん1歳10ヶ月・2歳9ヶ月・10ヶ月・11ヶ月

こんな子が吐くというと遠慮なくゲボーッと豪快に吐きます。
その前に『クンクンクン』と胃内容がせり上がってくる音が
あるんだけどこの頃は抱きかかえて流し台まで走る、
洗面器で構えるというのが間に合わず、よく布団や床を
汚したものです。
吐くとスッキリするから飲みたがる。
ごくごくと飲ますから、呼び水のようになって再び豪快に吐く。
こまめに水分補給というのは、少量を小刻みにあげるということで、
次の嘔吐を誘発しない程度にあげるということ。

この頃は、下痢がほとんどなかったので、
ナウゼリン座薬で吐き気を抑えて少しずつ食べさせて体力回復。
そうやって乗り越えてきただけ。
今なら、どんな風に水分をあげて様子を見ていくかがわかるなあ〜。
春先は病気が多い保育所環境。これで、4回目の嘔吐症・・・。
この頃は、なっくんも坐薬がイヤなんて言ってなかったな。



<平成10年5月〜水痘症・・・なつき&しの>
なっくん1歳10ヶ月・しのちゃん6ヶ月

なっくんは、顔も含めて全身にプツプツ、
発熱も2日間38.5℃でフーッとなってました。
白い乾燥剤を塗りたくって
痒みを抑えました。
しのちゃんは、顔にはプツプツは出ず、体にちょっとだけ出たくらい。
発熱も食欲が少し落ちたくらいで、すごく軽く終わりました。
こんなのでいいの?って感じ。
小さい頃にかかる方が軽いっていうけど本当に軽かった。



<平成10年7月〜手足口病・・・なつき
             突発性発疹・・・しの>

なっくん 2歳0ヶ月・しのちゃん、8ヶ月

この時は、オムツを外して外出せずに家でいられる期間を探していたので
グッドタイミング!!
熱くて全裸で過ごそうとするなっくんには、ベランダで水遊び&隣にオマルをおいて
遊んでは、おしっこを繰り返し、お陰でこの3日間でオムツを外すことができました。
しのちゃんは、熱のためほーっとしていて、離乳食をストップして水分補充に重点。
なっくんも口内炎が一番きつくて固形物を拒否するので、サッパリした流動・水分ばかり。
母さんは、おかげで、食事も適当にしか作らずにオムツ外しに専念できる状態になり
手もかからずになっくんのオムツ外しに成功しました。

病気??そういえばあったっけ。
こんなときも上の子ばかりに手をかけて、しのちゃんを抱っこするのも
少なかったなあ・・・ごめんね、ほったらかしだ!!

なつきは、4歳でとんでもなくきつい手足口病でなるんです・・・。



<平成10年12月〜1月 忘れられない冬の修羅場!!>

なっくん2歳5ヶ月・しのちゃん1歳1ヶ月

@なっくんの入院5日間
12月上旬 またもや保育所でカゼをひいてきたなっくん。
母さんが気管支炎を併発していることに気がつかなかったために
どんどん風邪はひどくなり発熱・嘔吐・そして脱水。
県立淡路病院の救急外来でも点滴を2回受けたけど
肺炎にちかい状態で結局、5日間入院して治療。
この間、しのちゃんのお世話をできないので
鮎原のおばあちゃんちで過ごしました。
なっくんの風邪がうつってしのちゃんも発熱・嘔吐・脱水。
救急外来への点滴はおばあちゃんが行ってくれました。
しのちゃんのしんどいときは本当に母さんはお世話出来ていません、
ごめんなさい。


Aしのちゃんの入院12日間
しのちゃんの風邪が二回目なのか発熱が下がらない。
安易に解熱用坐薬を使って様子をみていた3日間。
4日目なのに39.6度に上がってきて母さんをみる目が充血して
うるうるのしんどいつらい顔になっていたので
(この表情は忘れません)

母さんはたまりかねて救急外来へ点滴をうってもらいに。
40.2度まで上がりました。母さんが抱いて背中をさすると
母さんの手でさえ冷たく感じるくらい
どこもかもあつくなってるしのちゃん。
背中に赤く広がった発疹を見つけ・・・・・おかしい・・・。
6症状のうち5症状が揃えば川崎病だという。
1.唇の亀裂・・・発熱の4〜5日前に大きな亀裂がはいり痛がっていた。
2.目の充血・・・発熱の時あった。
3.原因不明の高熱5日間以上。
4.赤い発疹・・・背中にひろがってた。
5.頸部リンパ腺の腫脹・顔手足の浮腫・・・医師によるとあったらしい

6.決定打はBCGの後が赤く腫れあがっていた。
母さんは頭をが〜んと殴られた気分でした。
翌日に入院して軽症でグロブリンがきいたようで解熱もすぐだった。
大動脈瘤の後遺症もなさそうとのことで退院できました。
でも、大動脈瘤については本当に大丈夫なのか?
若い医師があまりに説明不足なので母さんが食いついて
大きい病院へ行って検査を受けたいから紹介状を書いて欲しいとたのんだりした。
『状態の悪くない患者についてを高次の病院へ紹介状は書けない』
と言うお返事。でも、高飛車だった医師も自分の説明不足に気づいてか?
カルテを見せて、心臓のエコーの結果、血液検査のCRPの推移
を中心に丁寧に説明してくれました
。どうも失礼いたしました。
母さんは納得して治療を終えるのを見守れました。
なっくんは、のんきに鮎原で過ごしていたんだろう。
夕食・お風呂・寝かすは母さんがして眠ってからしのちゃんの付き添いへ交代。
『どうして、こんな小さい1歳過ぎの子にこんな病気が・・・』
という母さんの気持ちが。
日中は、両方のおばあちゃんが付き添ってくれて、
夜は母さんの付き添い。子供のベッドで一緒に眠る日々でした。
京都のおじさんから川崎病の本をもらいました。
インターネットで父さんが患者会を探して情報をえるようになりました。
再発は今もしていません。後遺症もないです。
クリスマスは病院でしたね。
再発もなく、元気に過ごしています。
でも患者会の手記というか体験談を読んでいると
再発のようすがたんくさんみられます。
どうぞ再発はありませんように・・・・・

Bなっくんの入院5日間
新年を迎え、今度こそ風邪をひかないように・・・・
と思ってもまた保育所でひいてきた。
今度は高熱なって、坐薬で下げて水分補給して様子をみてた。
しのちゃんは、また鮎原です。
熱が上がってくるのか悪寒が始まった。
温かくして抱いていたらけいれんを起こした!
ウルトラマンダイナのオープニングソングがかかった8秒くらいかな?
そのあといびきをかいて寝入った。
頭では熱性痙攣とわかっていても
さすがに寝入った時には『なっくん、起きてよ!!』と叫んでしまった。
県病の救急外来へ。父さんも宴会からすっ飛んできた。
なっくんは、何事もなかったかのように疲れた感じ。
帰宅後も発熱・嘔吐・気管支炎、そしてまた入院。肺炎までいってました。
自宅に吸入器をまだ購入していなかったから咳き込んでは
よく吐いていたな、脱水はあっという間だった。
しのちゃんにずっとあってないなあ・・・。
父さんが病院に少しの間連れて来てくれた。
母さんは、飛びついてしのちゃん抱っこして涙を流したのを覚えてる。
母さんの疲労もピーク。
口内炎が20個
は出来ていた。風邪もひいているから
マスクをしてたけど。耳鼻科を受診して、
知人の看護婦さんが
『うわーこんなにひどくなって、しんどかったやろ』
母さんは心にしみて涙がポロポロ流れて口内炎を見てもらって
点滴をしてもらったのを覚えている。
何気ない医療従事者の言葉で傷つくことも多いが
心にしみる言葉もある・・・・。

入院中は鮎原のおばあちゃん・下加茂のおばあちゃんと母さんが
交代して子供たちに付き添ったり。
仕事もかなり休ませてもらった。
家族の協力があって乗り越えられたとおもう冬。
2月はなっくんは保育所を休ませた。
 
入院はこの時だけで以後、つよくなっていく二人。
吸入器も下加茂のおばあちゃんが手配して段取りしてくれて
購入にこぎつけた。
なっくんの咳に対しては吸入をよく使う。
少しずつだけど子供の調子がつかめてきた。

<その後の病気は、嘔吐下痢症>

年々、強くなっていく二人。嘔吐下痢症は、保育所で蔓延するから、
軽症だけどやっぱり流行時には、もらってくる。
でも、洗面器に吐くこともうまくなって、水分補給も上手。
母さんは、『白いウンコになってきたら、要注意!!』
と家では、ウンコ博士と父さんが冷やかす。
ビオフェルミンをうちでは、カリカリと呼んでいる。
ウンコの様子を見ては、カリカリを飲ませていく。
体力がついて、白っぽいウンコが続いても治っていっている。
たのもしいなあ。

<平成12年夏   とどめのなっくんの手足口病!!>

なっくん 4歳

手足口病は、数種のウイルスがあるから、一度なればもうならないというものではない
らしい。なっくんが、またもやなって、この年は全国的に大流行!
なっくんの今回は、口内炎がひどく、大きいのばっかりが、16〜20個くらい多発!!
結局、食欲低下 → 水分もしみるから飲まない → 喋ると舌が歯に当たって痛い
→ しゃべらない → 笑うのも痛いからなくなり無表情。
→ とうとう薬も触れると痛いからさせない → もちろん歯磨きもさせない。

とんでもない悪循環にはまり、かわいそうだった。
結局は、脱水で点滴。そして日にち薬で少しづつ治っていって・・・
詳しくは、日記参照。


<なっくんの外科的負傷いろいろ>

一番すごい泣き方を聞いたのは、マンションの階段を先になっくんが昇って
いってたのに、足が滑って前に転倒。階段の角で鼻骨を打った。
今も傷が残っている、目と目の間に一の字がくっきり残っている。

力持ちだよ〜と加湿器を持ち上げて母さんに見せようと
したとき自分の足の上にドスンと落としてしまって、
親指にヒビが入りました。

保育所で鼻に石を詰めて先生を驚かそうとしたんだけど、
『あれ?取れないぞ?』と
自分の指で取ろうとすればするほど小石は奥へ入っていって
しまいました。鼻血ブー!
結局、耳鼻科で小石を取ってもらいました。

こたつテーブルからジャンプしていて、しのちゃんと接触し、
不本意なジャンプとなり着地失敗。
腕から落ちて転倒したので、左の肘を剥離骨折。
徳島の評判のお医者さんまで行きました。
子供だからそのままでギブスは不要。
結構痛がって手をかばっていました。

保育所で小さな『うんてい』をしていて、
はしごをするりと抜けて下に着地するはずが、
手が滑って体を抜くどころか顔面がはしごの鉄棒にガン!!
鼻骨骨折
でした。耳鼻科でのガーゼ挿入で固定は痛かったようです。



<病院大嫌いのしのちゃんの外科的負傷!?>

いまのところ、鉄棒で手が滑って顔面から地面に落ちて
左の頬骨周辺をずるむけ!!
一ヶ月経った今も跡になっています。
上手く治るかな・・・。

なっくんの耳鼻科治療の光景が目に焼き付いているのか?
病院では、診察台までは絶対付いてこないしのちゃんになっています。
ケガも病気もしないのがいいね。

新しい家になって、脚立に上っていて、
運悪く、しのちゃんの足に脚立のふみ段がくっついて
しのちゃんへ倒れてきた。頭にご〜ん!!
本人は泣いていたけど、周りは笑い・・!?
これまた運悪く金具があったっていて頭を1針縫いました。



<平成14年3月26日〜おまたせ!?おたふくカゼ>

予防接種を受けていないから少しでも小さいうちにかかったらなと
おもっていたのがおたふくカゼ。
なっくん・しのちゃんのクラスで1人ずつおたふくで休んでいるという。
きっともらってくるだろう。
なっくん5歳8ヶ月。片側のホっぺが赤く腫れてる。
でも1日半くらいですっとひいた。
咳と微熱と耳下腺部の痛みだけ。食欲も元気もあって、
これがおたふくカゼか??
たなか医院でも耳下腺部の痛みだけがたよりって感じで
『おたふくカゼの可能性が強いです。』で断定は出来ず。
しのちゃんは、その前に咳と微熱はあったけどホッペは??
ってことは、3週間先か?

よく分からないままでした。

 

<花粉症>

なっくんは、花粉症があると判明。5歳8ヶ月の2・3月は
とにかく目がかゆくて目やにもでるし、眼科でも
アレルギー性の結膜炎と言われました。
鼻水もよく出ているので・・・・・?
点眼は保育所でも先生にお願いすればいいのに
なっくんは自分で居れているそうです。先々、長い付き合いになる病気だよ。
4月中旬にもなりました。朝起きると右目は真っ赤か!!


<平成14年4月18日〜しのちゃん、おたふくカゼ!!>

なっくんのは、やっぱりおたふくカゼだったんだ。
潜伏期間のちょうど3週間後にしのちゃんの顔は見事に腫れあがりました。
右側が終わると左側も腫れてきて
本当にお多福顔。

4日間は発熱しましたが、食欲もあって元気もあって
耳下腺の炎症状態のみって感じでした。
保育所に行きたくないころだったのでしのちゃんは、
おばあちゃんとべったりのお留守番の毎日。
水・木・金・土・日・月と休みました。


<平成14年510日〜なっくん、おたふくかぜ???>

遠足当日の午後に右側耳下腺が腫れて痛いのをなっくんが発見。
そして、夜から翌日は高熱でたなか医院では、
細菌性の耳下腺炎かもしれないとのこと。
痛くて食べるのも上手く食べることが出来ずだったけど、
結局、右だけで腫れもスグにひいて、
5月15日から保育所へ行きました。


<平成14年5月17日〜なっくん、反復性耳下腺炎???>

3日間の保育所生活が疲れてか
5月17日夕方〜翌日夜まで38度後半の熱。
右耳下腺がまた腫れている。痛みはない。
しんどそうななっくん。
たなか医院では血液検査を受けた。
泣きわめき、暴れて大変だった見たい。


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